梅雨だというのに真夏日のように晴れたり、かと思うと土砂降りの雨が降ったりと不安定な天気が続いていますね。こんな時期は家でのんびりゴロゴロしていたくなります。私はゲームが大好きなので、休日にはよく家でゲームをしています。
ゲームの中には心理学の学説をテーマにしたものもよく見られます。例えば『ペルソナ』というゲーム。ペルソナは元々は演劇などで使われる「仮面」を意味しています。ユング心理学では「社会の中で周囲に見せる自分の姿」を指します。つまり、その場に合わせた自分のキャラのようなものです。例えば「学校では静かでおとなしいキャラだけれども、家では明るく元気なキャラ」など、周囲の環境に適応するために私達はペルソナを用いてさまざまな顔を使い分けています。ゲームでも、高校生の主人公たちが「仮面をつけたキャラクター(=ペルソナ)」を召喚して戦います。いろいろなシリーズが出ており、私は『ペルソナ4』をプレイしたことがあります。
「雨の日の真夜中、何も映っていないテレビを見つめていると運命の人に会える」という噂のある田舎町に引っ越してきた主人公が、連続殺人事件に巻き込まれ、その謎を追って異世界(=心の海)へと迷い込むストーリー。そこでは「シャドウ」と呼ばれる敵と戦い、それを受け入れると新たに召喚できるペルソナが増えて強くなるというお話でした。「シャドウ」もまたユング心理学の用語で「認めたくない、生きられなかった自分」のことを指します。ユングの代表的な学説『自我と無意識』では、私達の心は広大で、その中の一部にスポットライトを当てて「自分だ」と捉えており、それ以外の部分(無意識)には「シャドウ」という認めたくない自分が潜んでいるのだといいます。そこで、ゲームの戦闘のように「シャドウ」と向き合うことを繰り返すことで「自分」を照らすスポットライトが少しずつ広がるのだとか。
電源を消した真っ暗なテレビ画面を見つめているとき、そこには自分の姿が映りますね。このゲームでは、テレビ画面に映った自分の姿を見ることが自分と向き合うきっかけになっているように思います。このゲームの主人公のような思春期の時期はモラトリアムと呼ばれ、進路を決めたり、将来に向けて自分を見つけるための大切な時期。心に余裕があるときには、自分ってなんだろう?と考えてみるのもいいかもしれませんね。